できるまで 下

   後悔日誌補足
 気を取り直して『占いの方法』でご紹介した、『ぐるぐる易』のLumiereさんと、『易の部屋』のUedaさんに、紹介させていただいた事を報告するメールを出す。そのために実は、初めて両氏のHPを覗いたのだが、思わず唸ってしまう。
 私が『ぐるぐる易』を押したのは、各爻に一行コメントが書かれており、それが実に的確で、ぜひ皆さんに読んで頂きたかったからだ。
 パソコンのさまざまな制約の中で、あれはちょっと、出来るものではないと思っていた。
 易の愛好家にはしばしば、とてつもない教養人がいるのだが、Lumiereさんは、バリバリのネット人だ。実に広大な分野に精通しておられる。

 Uedaさんは、大学の教授です! ひえぇ、し、知りませんでした! お二人とも、「易だけ」の人ではなく、易を自身の基礎低音の一つとして、人格の中に組み込んでしまっておられるようです。
 そして驚いた事には、Ueda教授は、『ぐるぐる易』のLumiereさんと、交流があったのです!  お二人は易で投合したサイトで情報を交換し合い、一方はデザインまで考慮した、占断も出来るソフトを。一方は初心者から上級者にまで、徹底して使い勝手の良い軽量ソフトを、あい補うように、世に送り出したのです。  それを、何も知らない私が、並べて押した訳です。これにはちょっと、感動しました。

 また、お二人とも、本来理系の方のようで、この事は私に、
 「わが国では数少ない本格的なファンタジー小説の作家、宮沢賢治は、理系の人であった。」
 と、河合隼雄先生が言っておられた事が思い出されました。
 易の愛好家が、理系の人や、大学の教授だったりする事に、疑問を感じる方もおられるかも知れない。しかし、理系の学問は、ことに男の子にとっては、童話や童謡のような魅力があるのかも知れない。どちらも、心の深いところの営み。双子の兄弟のような気がする。

 また、易は「占い」をまったく抜きにしても、確かに面白い古典です! しかし、科学と宗教を分けて考え始めたのは、ごく近年の事で、それは人間本来の考え方や感じ方に、あまり即してはいない。我々は易によって古代人と同じ感じ方や発想をする事が出来、それはただ、「現代人のストレスを解消する」とか、「むしろ新しい発想を生む」などの、どこぞの宣伝文句のような効用ではなしに、もし本当の自分自身と対話しながら、自分の人生を歩むと言うなら………(それは本来、天才か聖者にしか出来ないはずの事ですが………)かけがえのない杖と成ってくれる、実に稀有なものです。


 「えらい人は、えらいなあ。なんか、大学関係者ばっかりだね。俺、すごく場違いな所にいるような………」 こんな日には、
   エサを買い来て 猫と親しむ
 と詠んだ詩人がいたような気がする。(少し、違う気もする。)
 けど、アホの代表として、頑張らねばと言う自覚が萌えいづるかも。」
 そう思いながら、長い緊張から眠りにつく。

   校正日誌 2003.1119 当たり前だが製作者本人記す。
 著作権に関わる『参考にした本』や、その他の文章を書き終え、アップし、昨日からようやく『普段の生活』に戻った。
 昨日から二連休で、本文の作成を再開する。2卦ほど進み、歯医者にも行き、ご満悦。
 まだGoogleでもYahooでも検索できない。しめしめ………(←何のための、HP。)この調子で完成まで行ってほしい。

   校正日誌 2003.12.14 22:44
 思う所あって、HPを2スタイルに引越しする。
 今なら誰も知りはしない。店開きの前に、夜逃げじゃ!
 もう星の配置を見るのに、疲れた。あまり気にすまい。最初さえしっかりしていたら、大丈夫だろう。クインカンクスが目立つが、こんなモンだろう。複雑な出生を持つサイトである。厄落としだ。本文も、後10卦と迫った。


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