元号が『令和』に決まった日、
嵐だった。が、………
平成31年、2019'04/01( 月 )、新しい元号が発表される日である。
数日来続く天候の不順で、朝は晴れていたが、妙な空模様だった。
「 日本は政変のある時、雪が降ると言いますからね。今日は降るかも知れませんよ。 」
私はそう冗談を言って、同僚たちと無邪気にはしゃいでいた。皆も何やら華やいだ気持ちでいるようだった。
11:30発表だって? テレビのある応接室に集まったが、実に勿体をつける。天皇陛下に承諾を受けるための車が、いつまでも山道を走っている。「 ちぇっ 」と言って、仕事に戻る。
主任はテレビをつけっぱなしにして、しばしば事務所と往復する。私もそばを通る時には、ちらりと見る。
事務所に帰ってゆくと、元号は発表されていた。
『 令和 』
万葉集から採ったらしい。初めて中国の古典以外からの採用だったそうで、新たな自主への気概が感じられる。
私がすぐに気に入ったのは、長く馴染んで来た『 昭和 』に響きが少し似ていたからだろう。昭和から『 平成 』に成った時には、何とも間延びした感じがしたものだ。今から考えると、『 安政 』を意識したのかも知れない。
ところがっ! そうこうしているうちに、本当に雪が降り始めたのである!!
それにしても寒い。風も強い。外に出るとその日は、晴 曇 雪 霙( みぞれ )が交互に、咲き始めた桜を翻弄していた。とにかく風が強い。雪なんて、冗談で言ったのに ………
「 桜に雪など、三十年振りくらいか ……… 」
縁起でもないと、根拠のない不安がよぎった。
「 ここだけ。私だけの話だ。」と思ってから、「 しかし、それが共時性というものだ。 」とも思う。そして昼見た天気図から、荒天の地域は結構広いのかなとも考え、
「 じゃあ、私と同じように不安を感じている人も多いのではないか。」と、そっちの方も心配に成る。
「 日本で雪が降った時の大事件と言えば ……… 」
桜田門外だろう? 二・二六事件だろう? ……… 今ネットで検索すると、『 日本 政変 』と打ち込んだだけで、続いて『 雪 』と出てきた。東京大空襲も雪の日だったそうだ。しかしいずれも、四月などという事はなかった。
皆を見送って、今日は私も早く帰ろうと外に出ると、ハイペースで雪が降っている。これには驚いた。これからの時代の暗示かと、実に暗澹たる気持ちに成る。
粉雪である。霰( あられ )に近い。車に乗ると、フロントガラスには立派に雪が積もっている。信じがたいので写真に撮る。
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「 しかし、桜に雪とはきれいじゃないか。」と、軽口を叩いた。実際は、鑑賞するような心持ちではなかった。
そして駐車場で出口へとターンした所で、原爆でも落ちたかと思う「 ピカッ 」の一瞬後、すべてが真夏の昼のように照らし出された頭上で「 パーン 」と高い音で落雷。思わずブレーキを踏む。
「 これは天候と時代とを関連させて心配している私を狙って、真上に落ちて来た雷だ。相当に強い共時性だ。単純な偶然と思わない方がいいぞ。」と、自分に言い聞かせた。
車の天井をやかましく霰( あられ )が打つ。もはや軽口など叩ける気分ではなく、悲愴な気持ちに成って来た。
しかし車を走らていると雨は次第に止んでゆき、その事に私は「 おやっ? 」 と思った。
そして見晴らしの良い場所に出た所で、『 虹! 』
大地から空へと、くっきりと、鮮やかな虹! 雨もあがっていた。
思わず車から降りて、写真を取る。
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翌日、職場の者達に聞くと、退社時間も帰宅場所もまちまちだったのに、全員がこの虹を見ていた。
やや走ると、龍田大社のすぐそばである。
「 これは、お参りした方が良い。是非したい。」
龍田大社に行き、一連の事象へのお礼をし、調子に乗って「 おみくじ 」 を引く事にした。しかし、どのようにお伺いを立てたら良いだろう?
日本の神様に向かって、
「 令和時代の日本は、どうなるでしょうか? 」
などと聞くのは、「 お前ん家( チ )、これからどう成るんだい?」と聞くようなもので、これはものすごく無礼で、怒って答えてくれないかも知れない。迷ったすえ、自分の事を聞く事にした。日本がどうか成ったら、私だって無事に済まないからだ。そうして得たおみくじは、第十番、
今ぞしる 神の御陵威( みいづ )は かぎりなき
御代の栄を見てもしりなむ
今こそ判るだろう。神の住まい、日本の威は限りのない事が。
あれから千年も後である、この時代の栄えを見ても、おのずと判るだろう。
……… というほどの意味だろうか? 「 千年も後 」というのは、上の句につづく解説で、
とあるのを、句の中に補足させて頂いたものである。
『 御陵威 』( みいづ )が辞書を引いても分からないので、漢字のだいたいの字義で「 家の力 」 というふうに取ったが、それほど間違ってはいないと思う。
しかしこれは、お伺いに対し、ドンピシャリで、なんとも実に正確なお答えが帰って来たではないか!
「 これこそ本当の共時性というものだ! バンザイ! ザマミロ! 」
何がザマミロなのか、自分でも良く解らないが、考えさせられるのが、
「 御代の栄を見てもしりなむ 」
であった。平成の三十年間で株価は26%下落とか、若い人たちが収入が低く、結婚さえ出来ないとか、芳しからぬ事ばかり耳に入り、栄えているなどとは思わなかった。もしかするとこれは、「 ぜいたく 」 なのかも知れない。
ちょっと長い目で見たら、飢餓から脱したのは戦後十数年経ってから、せいぜい六十年位前である。百年前の日本人が聞くと、
「 食って行けるのに貧乏? 結婚できないって、どういう事だ? 」 と、首を傾げるかも知れない。そう言うと、
「 今や母親も働かなければならず、経済や仕事の都合で子供に食事を与えないので、深刻な栄養障害に陥る子供が増えているじゃないか。」
と言われるかも知れないが、これは「 人が人に対して冷酷に振る舞っている。弱者をすっかり物として扱っている 」 からで、問題は人にあり、国自体は結構、栄えているのかも知れない。
ここは政治経済について語るページではないので控えるが、日本は、普通の国なら10回くらい破綻してるんじゃないかと思うほどの打撃を受けている。それでも何とかやっており、元号が変わるとなると、その意義など私だって良くは知らないが、民族的な集合意識のレベルで受け止める。普段はツンケンしていても、地震など起こると正気に返る。これは、
「 かぎりなき 」
可能性を秘めている証拠ではないか?
では、令和はどのような時代に成るのだろうか?
大事件も起こるだろう。繁栄もするだろう。何度も絶望するかも知れない。しかし最後には雨が上がり、虹がかかる事は、私はこの経験から確信した。この事を皆に報せよというので、龍田の神様は雪を降らせたり、雷を落としたりしたのかも知れない。そして、あんなおみくじまで ………
そう思っていたのに、あれから早、もう一ヶ月半も経ってしまった。最近、叱られているような気がして、今日、急にこれを書いた。
「 昭和はどのような時代に成るか? 」と、昭和の初めに占ったら、どんな卦が出て、占う事は有意義だったろうか? 完璧に正しい卦を出したとしても、誰かそれをよく読めただろうか? 無理だろう。しかし、その愚をちょっと、今から犯してみよう。誰だって、未来を知りたい。その時、私が生きている可能性は少ないが、出来たら皆と一緒に虹が見たいものだ。
[*得卦日時* 2019/05/14 (TUE) AM 1:35:37 *]
【占的】 令和はどんな時代に成るか?
【得卦】
震 ――― ――― 解
坎 ――― ――― 節
兌 ― ― ― ― 萃
坤 ― ― ――― 明夷
離 ― ― ― ― 離
離 ― ― ― ―
風地観 ==> 風山漸
【判断】……… は、あなたにおまかせ致しましょう。
( しかし、ちょっとだけ言うと、『 風山漸 』も、『 水沢節 』も、「 徐々に、一歩づつ、段階を踏んで、」という意が強くあります。急に良くなる。思わぬ幸運で一発逆転という事は、ありません。その土台と成るのは『 観 』、冷静に内外の状況を流れの中で観て、大筋と末技を混同して、いちいち慌てない事です。)