ここで私は、どうしても忘れられない個人的な事を語らずにはおれません。
小学校の中学年の時でした。『むーちゃん』と言う子と、親友でした。
二人とも鉱物が好きと言う、渋い趣味を持っていて、昼休みには花壇に敷き詰められた小石から、特にきれいな物を探して宝物にしていました。
ある日むーちゃんは、黄土色の地に人間の指紋の文様がくっきりはっきり浮き出した、不思議な石を見つけました。二人でそれを『指紋石』と命名し、クラスの知ったかぶりが、「よく見つけたね。これは指紋石と言うのだ。」と保証しました。(そう言った種類の石は、ありません。)この宝物は、二人の友情の象徴のように成りました。
ところが指紋石を預かっていた私は、特に親しくもない上級生(?)に、「この石をあげる。たいへん珍しいものだ。もらってくれ。」と繰り返し頼み、やってしまったのです。何故そんな事をしたのか解らず、少し茫然として、私はその上級生を少し避けるようにさえ成りました。最初から、どうでもいい人だったからです。
それから子供同士の感情の行き違いやらが重なり、次第にむーちゃんとは疎遠に成って行きました。そしてある日とうとう、「指紋石を返してくれ。あれは僕が見つけたものだ。」と切り出されました。
私はばっさりと汗をかいて、「なくした。」と答えます。
むーちゃんは怒りました。当時私は乱暴者で、私が怒り、命令する役。彼が謝り、従う役でした。
「なくしたものはない。返しようがない。」
私はいつも通り強情を張っているようでも、顔は真っ赤に成っていたと思います。しかし、どうして本当の事が言えましょう? あんなに大切で珍しいものを、特に親しくも好きでもない奴にやってしまったなどと、どうやって説明したら良いのでしょう?
そして彼は何故その石を、
「君が見つけたんだから、君のものじゃないか。」と言うのに、
「どうか預かっていてくれ。」と私に頼んだのでしょう?
王女は奪う、こちらはあげると正反対ですが、同じ事のように思えます。
いま思い出しても少しつらい、何とも言えない思い出です。