土用、ウナギの想い出
07'06/12 稚魚の激減により、EUからのウナギの稚魚輸出が60%削減される事が報じられた。
加えて乱れ飛ぶ偽造野菜、捏造ウナギ情報。中毒人民共和国に対してはもはや、
「殺虫剤、売るよろし。」
としか言いようがないが、今年はウナギについての話題が実に多い。それで、……… 思い出した。
今を去ること十数年前 ………
Mは入って来るなり、まくし立てた。
「ものすごうまいウナギ屋が、天○にあると聞きました。是非、食べに行かなあきません。」
Mは目を輝かせてウナギの素晴らしさを語り、周囲を説得した。
そのウナギ屋は主に、水商売の人々相手のウナギ屋で、彼らが帰途につく夜の11時から開店していた。そして、それ以前には販売しないと言う事を矜持としていた。
( 矜持 -「 きょうじ 」 自信や誇り、またそのより所。おおむね 「 アイデンティティー 」 の意。音も字形もカッコ良すぎてあまり使えず、この言葉がすたれたので、横文字を使うように成った。)
にも関わらず、Mは日も沈まぬ七時前から駅前の多聞で飲み始め、飲み続け、10時には両手に缶ビールを持って、ウナギ屋の周囲を徘徊し始めた。これは酔っ払ったために、二缶とも栓を開けてしまったからだ。
店頭ではウナギを焼いている。Mは一同を振り返って、
「この店ですわー、この店ですわー、ここでウナギを、焼いとるんですわー。」と報告した。
見たら判る。
しばらくするとMは、ウナギ屋の店員にちょっかいを出し始めた。
「おいしい、おいしい、ここのウナギは、おいしい。
かたいコト言わずに、何とかちょっと、今ちょっと、包んでは、くれはらしませんか?」
等々、アプローチを仕掛ける。
店員も、最初は眉間にシワをこしらえながらも、
「ええ、ええ、はい。はい。ありがとうございます。ありがとうございます。」
などと、にこやかにMをあしらっていたが、次第に口数が少なく成って行く。
私も相当に酔っぱらっていたので、たしなめるとか、何らかの提案をする等の発想は、まったくなかった。
両者はついに、険悪な関係と成った。
そしてあろう事か、Mはウナギの悪口を言い始めたのである! あれほど愛していたウナギを!
「ウナギなんて、長うて、黒うて、ぬるぬるして、こんなもん魚の風上にも置けへん。」
今や店員は雑音を完全に無視し、ただ黙々とウナギを焼いている。
まだ少し、待たねば成らないようだし、終電は気になるし、Mはウナギを憎んでいるようだし、
「じゃあ、帰ろうか?」と言うと、
「ここまで辛抱して、ウナギなしでは帰れない。」と強く首を振る。
もっともである。
我々は開店時間まで、更に時間をつぶす事に成った。
それからの事は、よく覚えていない。
ウナギを手にしたMは、
「これさえ頂ければ、もう何も言う事おません。今までの事はすべて、このウナギが流し去りました。ウナギは素晴らしい、そして尊いっ。」Mは天をあおいで叫んだ。
「 ウナギ屋さん、ばんざーい !」
結末を見定め、その場を離れた私の背中からは、幾度か「 ばんざーい 」の叫びが聞こえて来た。
和解をなし、握手する二人の周囲には、暖かく香ばしい風が漂ったと言う。
私は駅の階段を駆け上がり、駆け下り、あずき色の阪急電車に飛び乗って、余裕のセーフ。
Mにはそれからまた、別の物語があったらしく、ために終電を逃し、タクシーで帰った。就業したばかりのMにとっては、大変な出費だった。そうしてしっかり、タクシーにウナギを置き忘れたのである。
Mがそれに気づいたのは、翌朝も出勤前の事であった。
あんまりお気の毒で、面白かったので、他愛ない話ですが、忘れられず、ここにアップする次第。
この話、実話だからおもしろい。
ちなみにこのMは、本文「天水訟 二爻」で、「忘年会で社長のナベ蹴って引っ繰り返し、おまけに怒鳴りつけ、翌日謝って許してもらった」、あの男です。
それにしても、私が幼稚園の頃食べたウナギは、震えるほど美味しかった。多分、養殖技術がまだ確立、普及していなかったのでしょう。今でもその時の衝撃を覚えているくらいです。身体にも、相当よかったと思います。そのかわり、滅多に食卓に上るものではありませんでした。60年代前半頃の話です。
のち80年頃、兄Aが「ウナギの骨をのどに刺し、病院に行く」と言う椿事を起こし、みなから笑いものに成りました。
「ウナギに骨なんかあるか? やっぱりあいつは馬鹿だ。」と。
そう。昔はウナギに骨なんかなかったのです。友人に、「逆立ちをしていて足を骨折した」とか、「ピアノを弾いていて指を骨折した」と言う珍しい奴がいましたが、「ウナギの骨をのどに立てる」と言うのも、それと同列にあつかわれたのです。
ところが数年後、私が同じ目に遭い、当時私は元気の絶頂だったので、20分間、口に懐中電灯を突っ込み、のどの奥を全開にして、ピンセットを使って自分で取りました。
すると、釣り針状の鋭いグラスファイバーのような骨が、のどの奥の凹凸に深く入り込んで、どうやっても抜けないように刺さっています。こりゃ、病院に行くと言うのも、納得できます。子供にはほかの魚同様、注意して食べさせねばなりませんね。
いったい他の食べ物が美味しく成ったからかも知れませんが、この頃からウナギは特別な食材ではなくなっていました。
極上の肉や鯨だけが持つうまみ。それが、ウナギさえ買えば庶民でも味わえたのです。それは肉でも魚でも鯨でもない、ウナギだけの甘い脂。
牛肉なんて、ものすごい手間をかけて、それでも採算が取れるのでしょう? ウナギ本来のうまみを半分でも取り戻せば、これはかなり儲かるかも知れませんよ。今回のウナギショックは、良い機会と思います。
カルガモ農法と言うのもあり、「農業に畜産を兼ねる」と評価されているのですから、漁業も兼ねて、田んぼや水耕栽培で「ウナギ農法」も出来ないでしょうか? 「ウナギと泳げるプール」なんてどうでしょう? ( 絶対いやだ。)
無責任にウナギに期待する、今日この頃。